麻衣子の記録 連載第12回

3 言葉を失う
5月26日(火)
 朝、団地から契約駐車場までの道を、義母と美帆と私が歩いていた時、突然、コジュケイの親子らしい集団に遭遇した。彼らは、慌てて、草むらに逃げ込んだ。義母は、「親鳥は子供たちの反対方向へ逃げて、おとりになるのよ」と言った。
 午前9時30分頃、病院についた。麻衣子は、元気がなさそうだった。私は朝、コジュケイの親子が道路を歩いていたこと、団地の南側の足場撤去のことなどを話しかけた。団地のリフォームのため、バルコニーの物品を自分の部屋に取り込んでいた。バルコニーの防水加工が終わり、人工芝やプランターをバルコニーへ戻したので、私の部屋はすっきりし、私は、そこで寝ているのだと話した。リビングには、美帆と麻美が、となりの6畳の和室に義母が寝ているよと話した。
 麻衣子の話す声が弱々しく、内容が聞き取れないので、
「私も年をとって耳が遠くなったのかなあ。同じ事でも繰り返し話してね」と言ったら、麻衣子は笑った。『話を聞かない男、地図の読めない女』という本を思い出した。麻衣子によく言われた。
「よっちゃんは話を聞いていない」
 私は、そんな時、いつも、この本を例に出して、男というのは話を聞かないものだと言い訳した。
 点滴が交換されて、白い新しい栄養剤の点滴も始まった。
「スイカを持ってきたから、あとで食べようね。点滴だけだと栄養が足りないよ」と私は麻衣子に言った。
 このころ、麻衣子はスイカだけはよく食べた。
 看護師さんが病室にやってきて、「ご家族も、清拭をいっしょにやりましょう」と言った。
 私は、麻衣子に「看護師さんとお母さんが体を拭いてくれるよ、今はお風呂には入れないからね」と言ったら、麻衣子は、目に涙をいっぱい溜めている。
「逆かもしれないけど、今は、お母さんにやってもらうときだよ」と、私は、麻衣子をなだめるように言った。美帆は、気が進まないようだった。
 私は病室を出て、談話室へ向かった。談話室には、美帆は来なかった。たぶん、清拭を手伝っているのだろう。こうして、介護するということの本当の意味を学ぶといい。病室でスマホばかりいじっていないで。