麻衣子の記録 連載第21回

6月13日(土)
 夕方、早めに病院へ行った。病室には美帆と麻美がいた。麻衣子は弱々しく、ピクピクと不随意運動がひどかった。美帆はそんな麻衣子を怖いもののように眺める。落ち着いたので、薬とスイカの汁を飲ませた。今の私の生きがいは麻衣子を看病することだった。スイカの汁を飲んでくれたら幸せ、薬を飲んでくれたら幸せ、麻衣子の落ち着いた顔を眺めているだけで幸せというように。
18:27 私は「ぼこうのうた」を歌ってやる。麻衣子の眉から額にかけての皮膚がゆっくりとリズミカルに動いていて、麻衣子は「あーあー」と声を出した。
19:00 薬が効いてきたのか、麻衣子はすやすやと眠り始めた。
19:30 時々、目を開けるが、今は、口を開けて眠っている。
20:30 おむつ交換。大きな発作があったが、すぐに治まって寝入った。検温36.7度。口を開けて眠っている。
22:35 体位変換
 
6月14日(日)
1:18 目が覚めたのか、見えない目で、天井を見つめ、歯ぎしりしている。「うーっ」という声を出す。うめき声のようだった。顔を横にして、かなり長く、うなり声を数回、発した。魂が脳にあるとすれば、脳が破壊され居場所を失われた魂が苦痛で悲鳴をあげているように、私には聞こえた。
1:25 体位変換、冷やし枕交換。 
1:48 顔を横に向けて、数回、かなり長いうなり声あげる。
5:21 「ぼこうのうた」を聴かせていると、泣きそうになった。
5:38 あどけない顔でまどろんでいるママ赤ちゃんは本当にかわいい。「ぼこうのうた」を歌って聞かせると笑っている。歌を歌うかのように、喉を鳴らしている。手も動かしている。私は、麻衣子が、できるだけ穏やかに天国に行けたらいいなと思った。
6:30 検温37.0度。激しい発作が続いた。麻衣子は、歯を食いしばり、全身を固くして耐えていた。その後も、激しい発作が続いた。落ち着くと目を閉じた。朝食は無理かと思ったが、ゼリーを少々と、スイカの汁を飲んだ。
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 夕方、再び病院へ行ったときには、麻衣子はシャンプーをしてもらっていた。
 午後4時ごろ、聾学校の教頭先生、N先生、S先生が見舞いに来てくれた。教頭先生とN先生には誰もいない日曜日の待合室で待っていてもらい、代表で、S先生に病室に入ってもらった。S先生は麻衣子にいろいろなことを話しかけてくれた。麻衣子はS先生の話しかけに、口を動かして、答えようとしているようにも見えた。待合室へ戻る途中、S先生は、麻衣子に会えて本当に良かった、今日は本当に最高の日だと、何度も私に言った。
 S先生と麻衣子は、二人きりで忘年会をするほどの気が合う同僚だった。S先生は、その後、M中央病院に転院した後も、しばしば麻衣子に会いに来てくれた。私は、S先生には、もう少し早く、会ってもらうべきだったと後悔した。今日では遅すぎたと思った。
19:00 薬を飲ませる。もらったのは水に溶かした薬だった。スイカの汁がなかったので、売店に行って桃ゼリーとヤクルトを買ってきた。それらを使って薬を飲ませた。麻衣子に薬を飲ませるためには、甘いシロップのようなものが必須だと思った。薬を飲んだ後はよく眠っていた。