麻衣子の記録 連載第38回

7月13日(月)
9:40 病室に入る。麻衣子は生気のない顔をしていた。部屋が暗いせいかもしれない。水を含ませたスポンジ歯ブラシで歯をきれいにして、リップクリームを塗ってあげると、きれいな顔になった。
10:50 病室に入って、1時間ほどになるが、発作はほとんどない。ただ、泣くことはあった。  
10:55 びっくり反射が何度かあった。
11:10 看護師さんによる口腔ケア。
11:35 落ち着いている。発作がない良い状態だ。 
11:50 眠っていたのに、ひとりでに体が動いたため、起こされたようだ。歯を食いしばっている。目をきょろきょろと左右に。左手、左足が動く。それほど、ひどくならずに治まる。最期までこのような発作に苦しめられるのかもしれない。残酷だ。
12:10 痴呆顔の発作があった。
12:50 いろいろな発作に苦しめられている。
14:00 糊がききすぎて、ごわごわの病衣を普通のパジャマに着替えさせてもらった。
14:40 発作があり、頬を押さえてやると治まる。発作が治まると麻衣子は笑った。
15:50 薬を飲ませる。
17:05 麻衣子は眠り始めた。大声で怒鳴る患者の声が聞こえてきた。もともとは、礼儀正しい人だったという。病棟には様々な患者がいる。家族も看護師も大変だろうなと思った。
17:35 手の動きが、ロボットのようだ。表情にも元気がない。薬のせいなのかな? 
17:40 目を開けている。でも、また閉じそうだ。
18:15 見えてはいないのだろうが、天井に視線を向けている。発作は治まっているようだ。
18:20 本格的に寝入ったようなので、午後7時までには帰ろうと思ったが、寝入ってはいなかった。目を開けたり閉じたり、また目を開ける。眠るにはちょっと早すぎるのか。
18:50 少し、右足が動く。でも、表情は穏やか。
 
7月14日(火)
11:40 麻衣子の病室に入る。3ヶ月に一度ある歯科通院のために、病院に来るのが遅くなってしまった。病室にはすでに義母がいた。直前に来たという。シーツ交換、おむつ交換。義母が、おむつ交換がしやすいように、パジャマではなく、ネグリジェの方がいいのではないかと言う。
14:20 時々、発作があるが、比較的穏やかだ。ただ、時々、泣くことがあった。
15:15 起きていて、笑ったりしている。落ち着いている。
16:00 義母が帰った。
16:15 発作が弱々しくなったのは、体全体が弱々しくなったせいなのだろう。
16:25 大学病院のT先生(以前の主治医)が来室。麻衣子が落ち着いていることを伝える。「無理しないでね」と私の体を気遣ってくれた。
16:00 発作があったが、ひどいものではなかった。
16:45 薬を飲ませる。点滴確認に看護師さんが来た。目視だけ。
18:30 痴呆発作があった。
19:00 病室を出る。家へ。
 
7月15日(水)
10:00 麻衣子の病室へ。麻衣子は眠っていた。顔に生気がない。スポンジで水を飲ませ、顔をおしぼりで拭いてやると、生気が出てきた。
 麻衣子は視力をほぼ失った状態にあっても、それを受け入れ、明るく生きようとしていた。それは、誰にでもできることではない。イチゴ農園にも行った。ウォーキングにも行った。家事も、自分のことも、できるだけ自分でやろうとした。軽い認知症が進んでいたが、心乱れることはなかった。こんな風に生きられる人はそういるものではない。
11:00 幸せそうな顔で眠っている。生きているのと死んでいるのとは全く違う。もっともっと生きていてほしいと思う。
11:10 スポンジで水を飲ませた。看護師さんによる口腔ケア。
11:20 落ち着いて眠っている。激しい発作はなくなって来たように思う。それだけ、衰弱したということか。
11:35 鼻の穴をきれいに。発作のような険しい表情あり。
11:40 発作といびき。
12:20 口を開けて首を曲げて眠っている。弱々しい。眠っている時間が長くなってきたように思う。目を開けたときはできるだけ、頬や手に触れてあげようと思う。
12:35 顔の表情は良い。すぐ目を閉じてしまう。弱々しい発作。
13:10 比較的弱いが、目をピクピクさせ、両腕が動く発作があった。それが、体が動く発作になった。心拍数を計測する機器のアラームが鳴った。
13:25 あどけない表情で目を開けている。音楽を聴かせる。
13:45 何度か、びっくり反射があった。
14:00 おむつ交換の後、口を尖らせ、痴呆顔の発作を起こした。左手もピクピク動いている。
14:10 それほどひどくはないが、ギターを弾くような姿勢の発作があった。目を閉じて、その後もギター型発作が続いた。
14:20 足が動くので、押さえて、少し固定した。表情がやや苦しそうだった。
14:25 穏やかな表情に戻った。
14:50 体位変換をやってみた。向こう向きに。
16:25 眠り始めた。以前は、この時間帯は、発作が多く、夜の薬が待ち遠しかったが、ここ2、3日はそのようなことがない。ひどい発作が少なくなってきたということか。体と同じように、発作もこれから衰弱していくのだろう。
17:15 薬を飲ませた。飲む力が弱い。これから、薬が飲めなくなったらどうしよう。でも、飲めなくなるころには、発作もなくなるのかもしれない。いわゆる、無言無動状態。それは悲しい。体位変換、こちら向きに。
17:45 とても苦しい発作が来た。本当に苦しそう。まだ、薬が効いていないせいだろう。飲んでから、30分しか経っていないのだから。体は痩せて衰弱し、そのうえに発作では、あまりにかわいそう。悪魔の病気め。
18:05 点滴切り替え、2本目500ml。点滴が予定どおりに終わらず、次の日に繰り越すことがある。薬が効いてきたのか、穏やかになってきた。
18:20 いびきをかいて眠っていたが、発作の表情になった。口が開き、首が動いている。痴呆発作の表情になった。目がうつろで、生気がない。死んだ目になっている。しばらくして表情が戻った。麻衣子の病気は、本当に、この世で最も怖い病気だと思う。
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 今日も、朝10時から午後7時まで病室で過ごす。このペースで続けていこうと思う。