麻衣子の記録 連載第44回

7月25日(土)
9:55 麻衣子の病室に入る。看護師さんが口の中をきれいにしてくれた。
10:10 発作のようなものもあったが、音楽を聴いて手を動かしているようだ。
10:25 抗てんかん薬のほかに、水薬下剤を飲ませた。便が出ないためだ。乳酸菌飲料も飲ませた。
10:40 ギター型発作が起きているが、弱い。
10:50 眠っている。穏やかだ。
11:00 収縮発作だが、弱い。
11:15 発作が起きているが、弱い。
11:27 ギター型発作。でも、弱くてすぐ終わる。
11:40 とても、落ち着いている。
11:53 乳酸菌飲料を飲ませる。目と上唇をピクピクさせた。右手に発作が静かに起きている。でも、表情は笑いに近い。
12:00 水と乳酸菌飲料を少量飲ませた。麻美と美帆が来た。
12:40 落ち着いて、穏やかに眠っている。喉を鳴らしている。
 麻美と美帆は、弁当を食べた後、麻美は居眠り、美帆もTVを見ていたが、今はうとうとしている。それを見て、私がTVのスイッチを切ったら、美帆は急に目を開け、怒った。私は「いったい、おまえたちは何しにやってきたんだ」と心の中で思った。この部屋で、私は、今まで、TVのスイッチを入れたことなんてなかったぞ。
14:20 看護師さんが来た。浣腸しても下剤を飲ませても便が出ないので、夕方、また、下剤を投与するとのこと。麻衣子は、音楽に合わせて、手を動かしているように見えた。
14:55 両足→上唇→両手の収縮発作。両膝を押さえてやると、比較的軽く終わった。
15:15 おむつ交換。その後、水と乳酸菌飲料を飲ませた。
16:30 弱い痴呆発作があった。  
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 私の現在のテーマは、「麻衣子が最期まで可愛らしくあること」である。
 
7月26日(日)
9:30 麻衣子の病室へ。乳酸菌飲料と水を飲ませて、顔を拭いてやる。
10:00 検温、血圧測定。私は薬と乳酸菌飲料を飲ませる。麻衣子はCDの音楽に合わせて、右手を動かしているように見える。
10:20 落ち着いている。
10:28 喉をわざと鳴らして、音を立てているようだ。(自己刺激行動)
10:37 本当に落ち着いている。
10:45 乳酸菌飲料を少量飲ませた。 
10:50 軽い収縮発作。右足が動き、「エー」と弱い声を出した。
10:55 麻衣子の左手はどこにあるのかと探したら、お尻の下にあった。長い時間あったのかもしれなかった。両手がタオルケットの下で、見えなかったので、気がつかなかった。気をつけなければと思った。その後、今度は、その左手を音楽に合わせて、動かしているように見えた。
11:15 欲しがっているような気がしたので、乳酸菌飲料を飲ませた。
12:15 落ち着いている。
12:22 喉を鳴らして眠っている。やがてそれも静かになった。
12:32 喉を鳴らしていたので、乳酸菌飲料を少量飲ませた。
12:33 収縮発作がある。左足を押さえたら、すぐに治まった。
12:44 喉を鳴らしている。
12:50 点滴液の交換。昨日の分がやっと終わった。
13:00 喉を鳴らして、面白がっている様子だ。
13:10 水を少量飲ませた。
13:53 眠っている。
13:58 水を少量飲ませた。
14:30 担当者によるおむつ交換、体位変換
14:45 右手を伸ばして泣き始める。乳酸菌飲料を飲ませる。目を閉じて、眠り出す。
15:05 両腕が動いている。目が上を向く。痴呆発作のようだ。頬に触れてやったら、治まった。発作が起きても穏やか。発作後は目を閉じた。
15:15 穏やかな表情で目を開けている。
15:43 なんとも穏やかだ。私も幸せな気分だ。いい表情だ。このままずっと続くといい。
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 昔、長門裕之が、認知症になった妻の南田洋子の介護の様子をテレビで紹介したことがあった。もちろん、これには批判もあった。南田本人が公開されるのを望んだだろうかと。
 その後、くも膜下出血で死去した南田に、たくさんキッスをしてやったと、長門が泣きながら言っていたのをニュースで見た。そのとき、私は、そういう愛情表現もあるのかと思った。
 だから、私も真似をして、ベッドの柵の上から身を乗り出し、麻衣子の唇に私の唇を重ねてみた。そういったことを好まない性分の麻衣子は、元気だったら、顔を横に向けて拒否したことだろう。でも、今の麻衣子は無抵抗だった。南田の唇は冷たかっただろうが、麻衣子の唇は温かかった。その行為の後、私は、なぜか満足し、幸福な気分になっていた。