麻衣子の記録 連載第42回

7月21日(火)
9:50 麻衣子の病室へ。最初に、スポンジ歯ブラシで水を飲ませる。次にシリンジで乳酸菌飲料を飲ませる。収縮発作が起きた。ぎゅっと、体を収縮させた。かわいそうだ。
10:30 落ち着いている。
10:40 右手を動かしている。
10:45 両手の指の爪を切ってやった。
10:55 看護師さんに、おしぼりで顔を拭いてもらった。
11:10 いびきをかいて眠っている。いびきはすぐ終わる。  
11:15 ギターを弾くような感じに右手が動いている。午後、2階の病室に移ることになった。
13:20 両腕が収縮する発作が起きている。鼻息が聞こえるが、苦痛はない様子なので良かった。麻衣子のためにしてあげられるのは、ただ見守るだけだ。でも、それでは、ちょっと悲しい。麻衣子のことを、小説、脚本に書けないものかと思う。
 麻衣子が移動する病室は、特別室だと告げられた。看護師さんたちも、「特別室?」と驚いたようだ。私も、驚いたが、思いがけない話に、ただただ、うれしかった。
13:40 胸を大きく、骨張って、口を開けて苦しがっている様子なのでびっくりした。筋向かいの病室から、苦しそうにうめいている男の人の声が聞こえた。でも、麻衣子は落ち着いた。もうじき、2階に引っ越しになる。
13:55 麻衣子の呼吸が心配になった。口を開けて苦しそうにしている。
14:05 発作が起きている。口を大きく開けて。
14:10 口をホの字型に尖らせて、「ホッ、ホッ、ホッ」と言った。腕が動く発作。
14:15 目を閉じている。
14:18 目(瞼)をピクピクさせる不随意運動。
16:00 落ち着いている。
16:08 喉を鳴らしている。自己刺激的な行動なのだろうか。
16:20 発作があり、呼吸が苦しそうだ。心配だ。
16:27 右手が動く。
16:30 上瞼と眉がピクピクしている。
16:34 とても穏やかな表情に戻った。
16:50 強い収縮発作が長めに続いて、その後、痴呆発作。
17:00 やっと落ち着く。
17:05 薬と薄めの乳酸菌飲料を飲ませる。
18:38 とても落ち着いている。
18:48 発作があった。口を開いて、目がうつろだった。でも弱い。苦しんではいない。
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 午後、2階の特別室に移動になった。特別室には、大きなテレビと冷蔵庫があった。しかも、プリペイドカードが必要ない。使うことはないだろうが、バスルームも付いていた。部屋が広い。麻衣子を特別室まで運んでくれた看護師さんが、大きなソファーに座って見せて、「ここ、いいでしょう」と私に言った。私は、笑った。
 2階には、他に個室が3つあるのだが、満室なので、その個室の差額ベッドと同じ料金で、この広い特別室を提供してくれたのだった。私が、毎日、麻衣子のところへ通っているので、病院側が配慮してくれたのだろうと思った。ただただ感謝であった。娘たちや義母の家族は、「そんなところに入れたら、お金が大変だ」と言った。彼らは、私が無理をして特別室に入れたのだろうと思ったらしい。
 2階の療養病棟は、明るい雰囲気で、すごく落ち着く場所だった。介護を担当する職員も多く、麻衣子の面倒をよく見てくれた。新しい病棟は、私にとっては快適だったが、麻衣子は、移動直後、おびえたように喉から声を出していた。環境の変化を察したのだろうか。でも、すぐに、麻衣子も落ち着くだろうと思った。
 病室までの道順であるが、1階入り口から、待合室を右手に見てまっすぐに進むと、左手に小さな売店がある。売店の反対側に、エレベーターがあり、そのエレベーターに乗って2階まで行き、右方向にある連絡通路を歩いていくと、新・医療型療養病棟になる。入り口の左手のナースステーションの先に大きな談話室があり、それを左に見ながら、右へ曲がって、まっすぐに廊下を進むと突き当たりに個室が3室あって、その左奥に特別室があった。この病棟には、様々な患者がいるようで、大勢で談話室で食事をとっている。食後などは、そこで、テレビを見たり新聞を読んだりしている患者もいて、まるで、老人ホームのような感じだ。麻衣子のような重い病気の患者も少しは、いるようだった。
 
7月22日(水)
9:40 麻衣子の病室へ。乳酸菌飲料を飲ませた。顔をウェットティッシュできれいに、歯をきれいに。
10:27 良い表情で眠っている。(CDで音楽を静かに流している)
10:35 体が少し動くが、良い表情である。
10:50 首がピクピク動いている。喉から音が出ている。
10:52 いびきをかいて眠り始める。
10:54 すぐに目を開けた。
11:03 目を閉じて、ギター型で両手が動いている。少しして、目を開けた。
11:05 全身が収縮するミオクロニー。左足を押さえてやると落ち着いた。
11:10 上半身のミオクロニーで、手が顎にぶつかる。「あーあー」と声を出す。首の近くで、手が動いている。5分ぐらいで落ち着いた。
11:32 両手が首のところでピクピク。目はほとんど閉じた状態で、瞼はピクピクしている。
11:35 目を開けた。その後、ずっと落ち着いて、目を開けている。
11:47 喉を鳴らしている。いびきのような声を出している。
12:05 とても落ち着いている。
13:20 発作があり、左腕は屈曲、右腕は動く。目を閉じて、瞼がピクピク。比較的すぐに落ち着いた。
13:30 手や頬に触れてやると、驚いたような表情を見せた。
13:48 喉を鳴らしている。音を立てて遊んでいるのかもしれない(自己刺激行動)。両手と下唇をピクピクさせている。でも、穏やか。
14:05 喉を鳴らしたあと、笑っている。とても落ち着いていて、良い表情だ。
14:15 音楽を聴かせているのだが、とても落ち着いていてうれしい。 
14:55 手を揺らしているが、発作ではないような気がする。音楽に合わせて自分で動かしているのかな?
15:03 足が収縮する発作が起こるが、両足を押さえてやると、すぐ治まった。目を閉じて、喉を鳴らしている。
15:07 両腕が動く。すぐに落ち着く。
16:22 足が収縮する発作がある。右足を押さえてやる。音楽に合わせて、腕を動かしているように見える。
16:55 鼻息が荒く、手に力が入る。口をゆがめた。看護師さんに、今日一日の様子を話した。
17:15 目(瞼)がピクピク、上唇が上に動く。発作だろう。最後には口を開ける。でも、比較的すぐ終わる。「えー、えー、えー」と声を出した。
17:30 主に、左足の収縮発作。続いて、右足も収縮。というよりも、首を後ろに曲げて、全身がリズミカルに収縮している。鼻息も聞こえる。
17:40 目(瞼)をピクピクさせている。早く薬を飲ませたいが、薬はまだ届いていない。
17:57 収縮発作あり。特に左足が強い。
 
家内の入院も、今日で69日目になりました。昨日は、急性期の患者のための一般病棟から、療養型病棟に移リました。個室を希望していたのですが、個室に空きがなく、大部屋になるのかと、とても心配でしたが、幸運なことに、特別室を提供してくれました。静かで広い病室ですので、家内も落ち着いています。回復の見込みのない恐ろしい難病に冒されている家内が、残された日々を少しでも穏やかに過ごすことができるようにと、ずっと看病を続けています。振り返れば、5月中旬、検査入院し、やっと病名がわかってからも病状は日に日に悪化し、10日あまりで、自分のことも家族のこともわからなくなってしまうという事態に、家族はオロオロするばかりでした。現在、発作が以前のような激しいものでなくなって来たのはうれしいですが、それだけ、弱ってきたということなのかも知れません。
 
18:00 夜の薬を、看護師さんが飲ませてくれた。私は、乳酸菌飲料を飲ませた。足の指の爪を切ってあげた。
18:15 両腕が動く発作が起きている。鼻息が聞こえる。
18:30 口をホの字にしている。目を見開いて左手が動く。発作だろう。
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 看護師さんに、「いつからこの症状に?」と聞かれた。私は、「4月に発病し、5月末まではお話ができました」と答えた。すると、看護師さんは、「何年も前からと思ったが、それにしては体がまだ柔らかいと感じていた」という。