麻衣子の記録 連載第26回

6月22日(月)
1:45 点滴が閉塞する。
5:20 検温、血圧測定。おむつ交換、体位変換。夜は、体が動いて、よく眠れなかったようだ。
7:30 寝不足のせいだろうか、この時間まで眠っていた。
7:40 乳酸菌飲料とスイカの汁を飲ませる。
7:50 看護師さんと、麻衣子の病気のことや娘のことについて話をする。
8:00 回診に来た担当医のY先生から話を聞く。Y先生の話では、体は問題ないが、栄養面が十分でなくなり、弱っていく。10日間ぐらいは同じ状態。肺炎等のトラブルがなければ・・・・。生命維持にダイレクトに関わる部分よりも高機能な部分が冒されていく。しばらく、様子を見ながら、できるかぎりのことをやっていくとのことだった。
8:10 看護師さん2人が来て、歯磨きをしてくれるが、麻衣子は抵抗している。
8:41 「思い出のアルバム」を歌ってやる。麻衣子はぼーっとした表情をしている。遠くで、小学生ぐらいの子供の泣き声が聞こえる。
9:05 びっくり反射。薬が必要かな?
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
20:00 痩せて、さらに小顔になった気がする。今日は薬が効いてよく寝ている。看護師さんと話をする。大部屋への移動の件と美帆の職場復帰の件である。
23:00 体位変換。よく眠っている。看護師さんは二人、一人は研修のようだ。
 
私から美帆へ
今朝の担当医の話では、ママの病気は、生命にダイレクトに関わる呼吸や体温維持の働きより、もっと高位の脳機能が先に冒されていくようです。これまで、言葉が失われたり、運動機能が日に日に損なわれたりというのとは違って、見た目は同じような病状が続くようです。体そのものはまだまだ元気なようです。大部屋への移動と、美帆の職場復帰を念頭にママの夜の様子を見ていきたいと思っています。赤ちゃんのように可愛くなってしまったママが、夜、目覚めた時に寂しくないように、顔に手を触れたりしてあげたいという思いがあります。自分のことも、家族のこともわからなくても、ママの体であり、ママの魂です。それが、私が、夜に付き添っていたい理由です。それは、確かに、私の理想であって、それを、まわりに強制してきたのかも知れません。でも、今は、夜のお薬でぐっすり眠れるようになれば夜の看護はやめてもいいと思うようになりました。朝、目覚めて、あどけなく宙を眺めているママの姿は、赤ちゃんだったときの麻美や美帆のように可愛くて、それを見守るのは幸せな気分でした。最後まで、ママは私を幸せな気分にさせてくれるのです。「ママはすごいなあ」と思います。私の勝手な独り言ですので返信不要です。
 
私から麻美へ
ママは今、いびきをかいてよく眠っています。こんな状態なら、大部屋に移って、美帆を職場復帰させてもいいのかなと思います。今は、現状を一番受け止められないのは私自身かもしれないという気がしています。看護師さんに、ママぐらいの重い病状の人でも、大部屋にいますかと聞いてみました。そのほか、いろいろとお話を伺いました。私も、現実を受け入れ、今後に向けて考えていく時期なのかもしれないと思うようになってきました。美帆の悪口を麻美に散々聞いてもらったからなのかなと思います。
 
 夜8時ごろ、私は看護師さんに、大部屋に移る件と、娘の職場復帰の件について相談してみた。麻衣子の闘病生活が、さらに長くなりそうなので、そろそろ、娘を職場に戻してやるべき時期だと考えるようになっていたからだった。美帆と麻美へ送ったメッセージはそのことについてだったが、麻美から、返信があった。
 
麻美から私へ   
夜分遅くにごめん。母さんがゆっくり眠れているならよかったです。それを聞くとホッとします。「母さんのそばに家族がずっとついていたい」という父さんが大事にしたいことを、同じように大事にすることができなくてごめんね。こんな突然のこと、受け止めたくても、受け止められないよ。私は週末にしか帰れてないので、鳥取に戻るたびに、目の前の仕事に追われて、悲しいけどいったん気持ちの中から母さんのことを置いてしまうのだけど、父さんと美帆は、毎日見て、向き合って、悲しいし怖いし不安な日々だろうなと思います。申し訳なく思います。父さんが前向きに考えていこう、と思う気持ちは私には嬉しいことだけど、その中に無理がなければいいなと思っています。看護師さんにいろいろ相談して、安心できたのなら、いいですが。もっと近くにいればすぐに帰れたのに、とか、早く結婚して孫の顔を見せてあげたらよかった、とか、伝えたかったことや、してあげたかったことが、いっぱいありすぎて、母さんにはもう間に合わないけど、そのぶん、父さんが受け取ってね。だから、父さんは、母さんの分も生きて、娘たちに孝行してもらって幸せにならないといけないです。話が飛んでしまったけど、美帆が復帰して、収入的にも体制も安定していくなら、いいなと思っています。